お話20<霊体験>

 
 時々テレビ番組で、霊が人に乗り移っている場面をやっていますよね?
 お勧めしているわけではありません。
 敏感な方は、そういうテレビを見ただけで具合が悪くなる事もあるかもしれません。

 私は、心霊写真特集とか、霊体験の話などが大好きな子供でした。
 それは最近まで特に変わっているとも思わず(家族には思われていたんでしょうけど)見ていました。
 娘が物心ついた頃、そういった類の番組をつけると、とても嫌がりました。
 でも、私は見たい。
 だから怖がる娘は私にくっつきながら隠れながら、それでも見ていました。
 母親らしからぬ行為でしょうか、我ままですみません(^^)。
 よく考えてみると、そういった番組を見た後(3歳4歳の頃ですが)娘は熱を出していたのです。
 初めは偶然かと思ったのですが…。

 パートナーに会ってから、「そういう番組を見るのはやめなさい。」と言われました。
 自分でも不思議と見たいとも思わなくなってしまいました。
 「今は毎日が霊体験だからなんじゃないの(^^)?」
 と友人は笑っていましたが、多分私が霊体験に惹かれたのは、パートナーを探していたからなのではないかっていう気もします。別に毎日が霊体験なんかじゃないわい。(それってどういう毎日?)

 それまでは番組を見たところで、何ら霊障らしきものを体験した事もなかったし、怖くもありませんでした。
 高校生の一時期は、良くない土地に住んだ為に金縛りや実際に声を聞いたり見たこともありましたけれど。
 もちろん、いや〜な感じがする場所とかに行けばいや〜な感じを受けたりはしましたが、敢えて自分から嫌な場所へ行く事もありませんでしたので。(守られていたに違いないです。)
 
 あんなにすごい体験は、一生に一度でごかんべん〜。
 出産も辛いけど…。出てきた物が宝だったし。
 
 父親が昨年末(H15)に亡くなり、私はその夜かなり泣きました。
 そしてお通夜の日にちも先だったので、私はヒプノの授業にも休まず出席することにしました。
 頭が痛くなったのは、泣きすぎたせいだろうと思っていました。
 まったく頭痛もちではなかったので、困ったなあ程度で家を出ました。
 あの頭の痛さは、(偏頭痛で悩んでいる友人の痛みってこれかも?)ものすごいものでした。
 じきに吐き気もしてきて、地下鉄を降りるかどうするか悩みながら、そして駅と駅がこれ程までに遠いものなのかと苦しみながら乗っていました。
 パートナーが横で「じいじだ。」とか呟きましたが、反応も返せませんでした。
 何で家の父親?

 寝ていれば何とか痛みが引くので、私だけ、横になって授業を受けました。
 理解してくれた仲間にも感謝でした。(ありがと〜。)

 そのお陰で私をヒプノの実験台にしてくれたり収穫もあったのですけれど。
 お昼ご飯の時間も、食べ終わるかどうかのうちに激しい頭痛と吐き気がやってきました。

 心配したパートナーが迎えに来てくれていなかったら、あの日救急車で運ばれていたかもしれません。
 余りに気分が悪くて降りたところで、しばらくしゃがみ込んでいました。
 頭が痛いので、頭を取り外してしまいたいくらい。そのうちに涙が溢れてきました。
 フラフラしているので、立ち上がったとたん、彼の体に倒れこんでしまい
「家に帰りたい。」
 と言って泣きじゃくりました。
 私の心では、本当に家に帰って横になりたかったのです。でも涙が溢れてとまりませんでした。

 するとパートナーが話し掛けました。
 「自分の娘がこれだけ苦しんでいるのが分からないか?」
 その後何か言って何かしていましたが、目をつぶっていたので分かりません。
 倒れこんだ時、フッと意識が持っていかれたようでした。
 気を取り直して飲み物が欲しくなったので自販機まで行こうとするのですが、足元はふらつき体はまだ宙に浮いているかのようで、何度も足で地面を強く踏みしめました。
 同じような事がもう一度起こりそうになりましたが、何とか家に辿り着き…。
 明日には治るだろうと思いつつ、頭痛は続いたまま2日目も授業を受けました。
 結局、頭痛が治まったのは、お通夜の始まる寸前でした。

 これも不思議なくらい、どうしようもなく辛い痛みが、いともあっけなく消えて行きました。

 多分、これは仕方なかったんだろうと思います。
 情でいっぱいになっている私に、まだ色々な思いを抱えたエゴで一杯の父親の霊さん。
 ついでを言うと、私の兄も同じ頭痛と吐き気を訴えていたそうです。

 自分以外のエネルギーがやってくると、体に違和感を覚えるはずです。
 自分のオーラがしっかりしていると、要らないものはつけこめません。嫌な感じがしたら、天使に浄化を頼んでくださいね。自分で引き寄せてしまう事もおおいにあります。

 あんなに辛い頭痛はもうコリゴリです。
 頭痛もちの辛さを体験したという意味では、受け止めます。
 父親も、もうかなり落ち着いたことでしょう。なので書いてみました。

 私は霊を見たいとは思いません。
 だって、光の存在として光を見たいから。
 対処出来る人が霊と関わっていくのでしょうね。それもお役目なのでしょう。
               By Yumiko 31th Mar. 2004

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お話19<生まれる前の記憶>


 私は娘を水中出産で産みました。
 その頃、知り合いが水中出産の話を聞かせてくれたことや、自然育児を学ぶ上で、本にも紹介されていました。
 なにより経験が無い為、出産が恐ろしくてたまりませんでしたが、体温くらいのお湯の中にいたら少しは痛みが和らぎそうです。
 でも一番の決め手は分娩台で生まれた場合、出産の記憶を思い出した時に(これはワークや退行催眠での話です)殆ど
 「まぶしかった」
 「ガチャガチャ音がして怖かった」
 と言うのだそうです。
 自分が分娩台で痛みに耐えて、でも身動きが取れず、ああいう格好で(^^)…というのは我慢ならない気持ちもあってのことですが、お腹の中も羊水ですから水の中に出てくるのは赤ちゃんにも優しいらしいのです。
 海外では海でイルカと一緒に出産というのもあるそうですが。(衛生面はどうなの?野生児なら平気かな。)
 母なる海で、癒しのイルカと…想いを馳せつつ、水中出産にしようと決めました。
 知り合いの利用した助産院は遠かったので、探してみたところ近辺に1箇所見つけました。
 紆余曲折しつつ、時にはマタニティーブルーでめげながらも、出産に至りました。
 
 出産の話はリアル過ぎて、経験のない方にはきついであろうと思います。
 ので省略いたします。

 ただね!あのね!
 あまりに家の娘は気が短いのか、産気付いてからのスピードが速すぎて、助産婦さんがプールにお湯をためるのも大変だったこと。間に合わなければ、水の中で産まれていなかったかもしれません。
 それと、なぜに、全裸にならなければいけなかったのか。
 未だに疑問でならない。いや、別にそんな事言ってる場合じゃなかったんだけど。
 先生はおじいさんで、恥ずかしいも何もないけれど。
 「いいよ〜力んで〜身が出ちゃっても(分かる?)いいからね〜。」
と言われたときは、思考回路が働かないにもかかわらず(死ぬほど痛いんですよ)
 「それだけは、絶対に嫌だ!」 と考えていました。もちろん、そういうのもあり得るから出産前に処理する所もあるんですけどね。
 ※(これでも差し控えたつもりですが、純粋な乙女にはキツイ表現があったらごめんなさい。)

 そんなこんなで産まれて来た我が娘。

 割と話せるようになるのが早かったので、2歳過ぎた頃に、タイミングを見はからって聞いてみました。
 ねえ、お母さんのお腹の中のこと覚えてる?

 「んっとね、あーか。とね、きいろだよ。」

 これはいつ聞いても同じでした。
 しばらくして、お腹の中で何していた?と聞くと、

 「あのね、あそんでたの。小さいてんししゃん(天使さん)と本読んだよ。」
 「虹の国でね、なっちゃん(私の友人の娘)もいたの。」
 「シメイシャクション(ソン?)」という言葉を言って、指を立ててニヤニヤしている事もありました。

 少し大きくなって4歳くらいでしょうか、お風呂に入っていると思い出したように
「水の中でね、おかあしゃんが見えたよ。この人で良かったぁと思ったんだよ。」
と言ったりしてきました。かわいい。
 でも、これ位の年になると、私が誰かと話をしているのを聞いていて覚えたのでは?と考える気持ちも出たりしました。

 最近はもう余り聞いても、沢山の情報が入っているだろうからと流してしまう感じでしたが、
それでも
 「産まれてくる時は狭くってギューってしてたから、私は狭いところが好きなの。温かくて安心するの。」
という言葉は続いていました。

 パートナーが一緒に寝ていて、聞いてみたそうです。
 「どうしてお母さんの所に来たの(産まれて来たの)?。」
すると、
 「あのね、虹の国でね、私は小さかったんだけどね、小さい写真の本を見せられたんだよ。その中からお母さんを選ぶの。でもね、お父さんは選ばなかったの。お父さんの本はなかったの。」

 「お母さんをえらぶ赤ちゃん」の話を私は娘に全くしていません。一人で読みましたから。
 でも同じような内容が載っていました。

 本当に不思議です。だけど、最近の子供達は昔よりもスピリチュアルに馴染みやすいことでしょう。
 
 パートナーはそういわれても、抱っこした時娘が言った
 「ねえ、私以外だっこしちゃだめ。お母さんもだめ。私だけだよ。」
 という言葉を何度も何度も繰り返し、ニヤついていたようです。小さくても女って罪ね。
                 Yumiko 25th Mar. 2004

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お話18<離婚>

 
 これは個人的な体験になります。
 娘が1歳半の時に離婚しました。
 
 娘が生まれて私は寝不足がたたりマタニティーブルーの延長もありへとへとでした。
 睡眠不足が鬱を作ると最近言われてきていますが、私の場合それは大きかったのだろうと思います。
 娘を母乳で育てる為には、少なくとも3時間おきに与えなければなりません。
 まるで母乳製造機かと思うくらい、あの頃は自分の存在がなくなっていました。
 ただただ、娘を世話しなければ。それでも他に何もしなくてもいい訳ではありません。
 母乳を与えるまでの時間はあっという間に過ぎていきます。
 そして、母乳の場合、夜中も3時間おきが続きます。
 とても母乳が足りている場合はある程度成長すると、夜中はまとめて眠ってくれる事もあり、それが出来なければミルクを足して寝かせてしまう事もあります。
 でも、私はその選択が出来ませんでした。
 娘の為なのか、自分の満足の為なのか最終的には分からなくなっていましたが、やめるにやめられない状態でした。娘は吸い付きが悪かった事もあり、菜食にしていても乳腺炎を繰り返してしまいました。
 常に乳首に炎症がありました。その傷をいつも娘に思いっきり吸われるのです。
 夏に冷や汗が滲みました。

 その当時、元夫は仕事が恐ろしく忙しかったのです。
 私は相談をしたくても聞いてもらえませんでした。
 娘と二人だけの部屋の中で一日を過ごし、鬱なのか何なのか分かりませんが、話したい時に相手がいないのです。たまに母が家事を手伝いに来てくれましたけれど、母とも本音を話せませんでした。
 夜、娘が泣くと夫は怒りました。
 私のせいなのだろうか。泣くのは母乳が足りないからなのだろうか。

 こんな風になるならば、私を実家にしばらく行かせて欲しいと夫に頼みました。
 元夫も娘がいなければ、ゆっくり夜休めるだろうと思ったのです。

 ところが、元夫は怒りを爆発させました。
 これだけしてやっているのに…と言われました。
 私は、これだけ疲れているのに、親元で休む事も許されないのかと絶望しました。
 普段全く会話がなくなっていたので、意思の疎通もできませんでした。
 私は、本当に疲れていました。
 彼も多分、仕事で疲れていたのでしょう。お互い分かり合うことが出来ませんでした。
 
 彼が仕事の成果でTVからの取材を受けました。
 その放映がされる時、私たちは決定的な喧嘩をし、別れを決意しました。

 もう4年以上も前になります。
 その後も彼とは色々ありましたが、彼が再婚をした後穏やかになりました。
 私はとても大変な時期を味わい、とても大きな学びを体験できたと今では思います。それは現在のパートナーのお陰でもあります。

 母子家庭として一人で娘を育てる事は大変でしたが、実は不毛な結婚生活よりも幸せでした。
 友人に恵まれ、仕事をすることで自分を見つめられたからです。
 娘にはある程度不都合を感じさせる事はあったかもしれません。

 私がようやく安定を手に入れた矢先、元夫から手紙が届きました。
 
 内容は、信じられないものでした。
 あの頃のことを、反省していると書いてありました。
 絶対に謝る事をしなかった人。
 そして、研究者であったのに、今は人に「ありがとう。」と言われる仕事を選んだとのこと。
 否定していたヒーリングを一度だけ私が元夫にした事がありましたが、あれはレイキだったのか?と興味を示してきたこと。(レイキではありませんでしたが)
 必要で出逢い、学びを行い、結局は乗り越えていくのだと思いました。
 娘の事も一日も忘れた事がないと書いてありました。
 元夫の辛さも、今の私なら少しは理解できるかもしれない。
 愛と憎しみを肌で学ばせてくれたのでしょう。
 辛さの中にいるときに私は、いつか元夫が自分を省みて気づいてくれるかもしれないけれど、死ぬ間際かもしれないなあ、なんて思いました。私も感謝の気持ちをきちんと伝える時が来たのかもしれないと感じました。

 まだ、エゴがあります。
 すべてを許すと言うのは、大きな大きな学びです。
 でも、今手放せば、新しい人生の扉が開くのでしょう。
 乗り越えられない悲しみも痛みもないのだろうと思います。
 でも、辛い時は辛い時として、助けを求めていいのですね。

 私にも、人生のある幕が閉じる時が来たのでしょう。
 もういらなくなった過去を過去に返します。現実の中にあの頃はありますけれど、もう大丈夫。
 自分の今までの全てを感謝の念で満たしたいと思いました。
 これからの人生にも新しいエネルギーで満たしていきます。
 泣きたい時は泣きましょう。こうして私は生きてきました。
 みんなみんな、ありがとう。
 愛です。
                by  Yumiko 18th Mar. 2004

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お話17<動物界からのメッセージ>


 『愁(うれ)いております。
 人が命の尊さを
 忘れかけていることに。

 わたしたちは食されることを
 苦にはしません。
 その事に罪悪感を抱くことはありません。

 私たち動物同志は
 合意の基
 肉体を糧として与えます。
 自然の摂理です。

 今 人の行動には
 心が伴っていません。
 愁いております。

 どうか動物界にも
 光を降ろしてください。
 
 この暗い闇の世界に
 光を降ろしてください。』

 目をつぶったら、動物が目の前にどんどん視え始めた時はびっくりしました。
 初めは、あら獣、あらウサギ、あら鹿!…?あらあらあら…どんどん増えてゆくのです。
 気のせいだとも思ったのですが。
 池だが湖に体を浸しているものもいて、でも不思議なことに周りがとても暗いのです。
 例えば、森の奥だとしても私にとって動物がいる場所のイメージはどう考えても明るいはずなんですね。

 このビジョンが動物界の何かを表しているようです。

 死後の世界というものとも少し違うらしく、精霊の住むところと言っていました。
 そこが、あんなに暗いなんて。
 真っ暗闇なわけではありません。月の出ている夜くらいの感じでした。
 でも夜なのではなく…光が届かなくなっているらしいのです。
 そして傷ついた動物たちは癒しの水で体を清めていたようでした。

 特別、動物愛護の活動をしている訳でもない私の元にこんなメッセージがやってきました。

 動物のことだから別にいいや、とはとても言っていられません。
 私たちの中にも動物に守護としてついてもらっている人もいるのですから。
 
 そう、病原菌がいるから殺してしまえ。
 確かに大量の動物が人に害になる細菌をもっているならば、私たちを守る事は必要です。
 それでも、動物達を守ろうという気持ちは利害的なものばかりなのかもしれないと想いました。
 なるべく会社の損にならないように、社会の批判を受けないように、国民を守る為…でも人間の為だけじゃなく動物達の為に動物の命を何とかしようという優しさが、今より少しでも行動に伴うと違うのではないでしょうか。
 動物は先に自分達の命(愛)を使って私たちを助けてくれているのかもしれません。

 自分が今出来る事ならば、天使と一緒に動物界にも光を届ける気持ちを持って、そこから始めてみようと思いました。皆さんは何を感じるでしょうか。
                 by Yumiko 10th. Mar. 2004

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お話16<グラウンディング>


 グラウンディングとは大地とつながることです。
 言葉の意味自体は、大地・地面ですね。
 地球が生命体というのは聞いたことがあるでしょうか。
 ちゃんと意思を持っているのです。人間と比べると分かり難いですが、鉱石(クリスタル)だってちゃんと振動をしているのだというのですからね。(宇宙の中では静止する方が難しいのだそうです。)
 小さい頃読んだ本の中に、「全ての物質には意思がある」と書いてありました。
 その当時は、全く理解していませんでした。サボテンが会話をする、というのもTVでやっていた時、信じられませんでした。
 生命体とは何でしょう。今の私の中の概念は命=永遠=愛です。
 形あるもの全てに命が宿っていると考えると、すべてに愛があるという事になりますね。
 なんだか、哲学的になってしまうのですが。

 ここでは、グラウンディングの方法を書こうと思います。
 地球とつながってみましょう。

 男性ならば尾骨の一番下(第一チャクラ)から、女性ならば女性性器(第二チャクラ)下から降ろします。
 もし女性で何かしらの抵抗があったら、まずは第一チャクラから繋げても大丈夫です。
 光の帯を地球の中心へとつなぎます。
 イメージの世界です。慣れていないと上手く出来ていないと感じるかもしれません。
 光の帯の先に錘をつけて、水の中に落とすかのように投げてもいいですよ。勝手に中心に落ちていきます。
 初めは目をつぶって集中する必要があるかもしれませんが、そのうち気づいたらいつでも確認してみましょう。
 特別な時だけグラウンディングを行うのではなく、常日頃地球とつながるのです。
 足腰の強い人、地に足が着いている(上手く言いますね)と言われる人は自然に現実を生きていますよね。
 今を生きる為に、グラウンディングはとても大切なのです。難しく考える必要はありませんよ。
 そういう私もしっかりグラウンディングをするのは苦手でした。結局、現実逃避をする為ににグラウンディングを外してしまうのです。
 グラウンディングをして地球とつながる時の光の帯は何色でも構いませんし、徐々に太くなっていくかもしれません。座って瞑想する時には、足の裏のチャクラからも大地に根が生えるイメージをしてみてください。
 そして、自分の中のいらなくなったエネルギーを地球に返す。足の裏からもエネルギーを地球からもらってみてください。
 そこまで上手くいきましたか?

 瞑想状態の時には、頭のてっぺん(第7チャクラ)に宇宙のエネルギーが降りてくるイメージをしてみましょう。
 本によっては、頭上にオレンジ色の太陽をイメージするとあります。そこから、シャワーのようにエネルギーが全身に降ってくる。体の中にも背中を通してエネルギーが降りてグラウンディングコード・足裏・肩から手のひらまで流れていきます。一旦おしりまで行ってもう一度背骨を戻って頭のてっぺんに出て行くものもありです。
 暖かいエネルギーです。気持ちがリラックスしてくるでしょう。
 
 グラウンディングは、現実に目を向けさせる効果があります。
 一つ知っていて欲しいのは、逃げていた現実が目の前にやってくるのが早まるかもしれないという事。
 もちろん悪いことばかりではありません。怖がらないで下さいね。
 それと完璧を目指さないで。
 天使にお願いしながら、手伝って貰ってO.K.です。分からない事はどうぞメールで質問してください。
 グラウンディングは大切なので、なるべくお手伝いさせて頂きます(^^)。
          by Yumiko 5th. mar. 2004

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お話15<先見/未来を読む>

 
 <先見(さきみ)>という言葉をご存知ですか?
 私も実は良く知りません(笑)。
 こういう言葉があるのかどうか。
 本の紹介にある漫画『那由他』の主人公の少女の特技能力が<過去見(かこみ)>なのです。催眠療法とは違うのですが、DNAを読むか何かをして過去に戻っていける能力を言っています。
 その言葉から来ているのかも知れません。<先見>。
 どうも、私はその人の少し先の未来が見える事があるようで。
 もちろん、こういう能力は特別な訳ではないですから、誰でも予知夢とか勘で受け取っているんですね。
 私がエジプトにいたらしい時代、未来を読む仕事をしていたと言われた事があるのですが(千里眼)、それは特にだから何?なんですけれど、思い起こすと…それを勘だと言えば、確かにYumikoとしても良くありました。
 
 特に感情が入る相手には、その人の危険に関して女の勘も働くのかもしれません。
 
 私個人的な事でいうと、やはり危険に関わる事だとリアルで、感情まで乱れます。
 それを相手に上手く伝えられず、怒ってしまう事もありました。言われる方にしたら何だか分からないでしょうに。
 これは、第三者にリーディングをする時とは全く違います。
 リーディングの時はあくまで中立。でないと感情が邪魔して読めなくなります。
 
 主婦の方々は家族にいつも目を光らせているでしょう?
 だから相手のホンの少しの違いにも敏感になる能力があるらしいですね。男性の浮気も見つけやすいらしい。

 私は、今、その<先見>という能力にはあまり興味がありません。
 それがこの先使えるかというと、これからの未来を見たとしてもいくらでも自分で変えられるものであって、ついでを言えば過去だって時間の概念を取り払えばいくらでも変えられます。だから潜在意識下での「過去の書き換え」が成り立つのでしょう。
 見たから必要ないから変えよう、と想うのはいいかもしれませんけどね。
 割と先を知りたがる人は、その事に傾倒してしまいがちな心配があります。
 そう言われたからそうなるに違いない、と良い事ならばいいですが、悪い事を本当に引き寄せてしまう力だって皆持っているのですから。
 どうなんだろう、私はその時必要な事が起こると思っているので必要になったら利用価値はあるのでしょうか。
 だって先が分かったら、つまらないでしょう。
 願いを叶えるのはワクワクするけれど、それはあくまでも自分の想いだからこそ。
 人に教えて貰ったら、創造する楽しみも想像する楽しみも半減ではないですか。

 ただ、こういう能力が人に備わっているとしたら、やはり危険を回避する為なのかもしれないと想います。選択の幅を教えているのかもしれないですね。
 ああ、そうか、古来占い師は王宮を守る為に自然との会話をしていたのでした。
 日本の陰陽道もそうでした。
 書いていて分かりかけて来ました。
 私達に今、必要なのは、自然と繋がることなんですね。それでこのお話を書いたのでしょうか。

 持っている能力に不要なものなどない。
 それぞれ人には相応しい道がある。
 だから、あなたの道をゆきなさい。
 人と比べるのではなく、
 出来ることから始めればいい。

 なんて、メッセージが。

 ある方が、ある事を決意して決行しようとしている事を知りました。
 私の常識の中ではとても無謀に思えました。
 これもヒントかもしれません。
 余り、常識に囚われすぎて、何も出来なくなってはいないでしょうか?
 まさに私です。
 本田健さんの本を読み返さなくちゃ。

 そして多分、これを読んでいる方にも何かメッセージが込められているように思います。
 珍しく少しチャネリング状態で「スピ想」を書いてみました。
 いえ、ただ単に下書きが面倒だっただけ…。
 私の几帳面ではない性格がばれてしまう…あ、とっくでしたか(^^)?

  <先見>を記入してから実はUPするのに気が引けてきて、ジョナサン・ケイナーという方のHP(お母さんをえらぶ赤ちゃんが生まれたHP)に初めてちょっと遊びに行ったら不思議体験談が沢山ありました。天使さんありがとう、またやられちゃった。シンクロニシティーと気づき。
                by Yumiko 3th Mar. 2004

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お話14<経絡/カー経路>

 
 経絡とは、体の中を網目のように巡るエネルギーの通り道。
 気功で言えば気の流れる道。
 そして、チャネリングの本の中では、カー経路の流れる道もこの経絡に沿っているそうです。
 プレアデス系の「覚醒への道」では、カーについてこう説明しています。
 「カー」とは電気的な光の体であり、3次元から6次元の世界に同時にまったく同じように存在するエネルギー。
「スピリット」と「次元」と「形態」という3つの領域をつなぐ接点であり、私達が人間として肉体をもちながら完全にキリスト(内なる神のこと)を体現し高次元へのシフトを可能にしてくれるもの。
 え…分かりますか?

 プレアデスとは星の名前。その星の住人は別の次元の存在で地球がこれから4次元への移行をしていく為に手伝ってくれているのだといいます。ダークな存在もいるようですが、プレアデスは銀河の光の星団だそうで。
 この手の話はもっと噛み砕いて、ちゃんとお話する方がいいのかな。
 興味がある人は、本を読んでみてもいいかも。敢えて、本の紹介には出していませんが。
 地球に住む私達にとって、大事な事は今を生きることです。
 そして、光の存在は天使も含め、一生懸命お手伝いをしてくれているのですね。
 ただ、肉体を持たない存在に興味を持ちすぎると、現実がおろそかになったり、足元がおぼつかなくなる人もいるので程ほどの興味がお勧めです。なあんて、どうしても興味がある人はご自由にどうぞ!

 現在地球はフォトンベルトという光の帯の中に突入しつつあります。
 時期によって入ったり抜けたりしながら、2013年には完全にフォトンベルトの中に地球が飲み込まれてしまうとのことです。マヤ文明のカレンダーは、太古から正確な時を刻んだ(13の月の暦もそう)ものなのですが、なぜか2012年で終わっているのです。
 これは、地球が次元上昇をして時間の観念がかわるからなのではないかとも言われています。
 フォトンベルトに入る時期があと10年を切ったわけですね。
 その間に、フォトンベルトに突入する前に(何かSFみたいでしょ?)カー経路を開く必要があるのだそうです。
 
 少し前に、ボーっとしていたら(いつもですか?)パートナーが
「Yumikoのカー経路がひらく〜。」
 と言い始めました。
 ???
まあ、チャネリング状態ですかね、と放っておきました。
「カー経路だよ、カーだって。カーって何だ?」
 あそっか、彼はその手の本を読んだ事がないんだ。名前は知っているにしても。
 私もすぐに本は浮かびましたが、説明が出来ない。
 何で私のカーが開くの?誰が言ってるの?
「へえ、ふう〜ん。」
 こら、一人で納得しないで教えて。
 それなりに、情報をもらっていたようです。いつか本でも出すんかい?
 カー経路…本を引っ張り出してきたら、(東洋医学でいうところの経絡と同じ)と書いてありました。
 私が、針を打っているのはもしかしてそういう意味(どういう…)もあったのかな。
 何度か、寝ているときに頭をスキャニングされたような感じやらがあって、私の何かをどうかしたいのか。笑い話ですが(笑ってね)彼が一度、「ダメだ起き上がれない、くっそー。」といいながら眠ってしまった事があります。
 後で聞くと、「グレー(人造宇宙人・悪者ばかりではないの)に押さえつけられた。Yumikoの何とかを邪魔するなと言われた。」とか言ってました。
 何とかって?早く気づけって言ってたの?へえ、何に?
 彼は普段、エイリアン系の話は殆どしません。
 この所、何かあるんですよね、こういうことが。
 で、もし、寝ていてエイリアンが来たら(ホントにくるんかい!)「アシターコマンダー」を呼んでください。
 悪さをする異性人を取り締まってくれるそうです。
 
 …これは、決して怪しいホームページではありません。
 書かされているという事は、多分誰かに(もしかして誰もに)必要ならしく、簡単に書きましたので応用してね。
 書いている私も騙されている気がしてきた。エイリアンについて書くなんて。
 次の展開かしら。
 基本は天使さんですよ、みなさん。
 何だか分からなくなってきた。

 カー経路が開く事についても、一人一人開いていくと、ある時101匹目の猿みたいに一気に花開くのかもしれないとも言われているのです。心に従っていれば人類は皆兄弟ってことで大丈夫でしょう。
目に見えない世界への興味が何と言っても第一歩。そこに愛がなくちゃダメですよ!
                 by Yumiko  27th Feb. 2004

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お話13<天使と会話する方法>

 
 天使とお話しする方法。
 『天使とのつながり』にも書いたのですが。
 このところ、「天使と話をしたい、どうしたらできますか?」というご質問が来ます。高校生の方からの質問にはちょっぴり嬉しくもなりました。拡がれ〜天使の輪!
 天使に興味を持っていらっしゃる方はたくさんたくさん。そしてその中で、自分が天使に守られていると感じていらっしゃる方はどの位なのでしょうね。
 どうしても、私達人間は小さい頃から目に見えるもので証明しなければ評価をされない社会で生きてきています。覚えていないくらい小さい頃に、必要のない能力については消してしまっているのだと思います。
 
 何度も繰り返していますが、天使との交流は誰でも出来ると思います。
 やり方が分からないから質問が来るのですよね。
 本で調べたけれど…読んでも出来ない。
 出来ない?そうですか?出来ていないですか?
 出来ると言うのは、目の前に天使が現れて、声が聞こえてくるということ?

 私が、直接姿を見たかなと感じたのは催眠療法中です。目をつぶってるときです。
 ビジョンが見えやすいタイプなので、守護天使さんに何度かお会いしています。
 かといって、催眠療法をやったら必ず見えるものでもなく、光とか言葉だけのこともあるのです。

 でも、初めて「天使に出会う瞑想」というのをセミナーで受けたときは、なかなか大変でした。
 誘導されて森の中に行かなくちゃいけないのに(いけなくはないんですけれど)私の想いはあっちへフラフラこっちへフラフラ。時には記憶がなくなるし(寝ていたらしい)、どうしても草原しか出てこない。ハッと気づいたら洞窟の中にいました。
 誘導の声は、(洞窟で願いを叶えるクリスタルを触って来い)とか言っているんだけれど、私はあまり頭で理解をしていなくなっていました。だから、見えたものそのまま辿っていました。
 洞窟の中に綺麗な石を見つけてもらってきました。
 そして、草原にまた戻ってみると、たくさんのお花の中に赤ちゃんくらいの大きさのエンジェルが3匹…じゃなくて3天使飛んでいました。私の周りにいるので、ありゃりゃ〜って思いました。
 結局、ボケボケ状態でこの瞑想から覚めてみると、なんだか熟睡から目覚めたかのようでした。

 ボケボケというのは、頭で理解しようとしなくなっていて理性が働いていなかったので、天使の意味も分からなくなっていました。洞窟のクリスタルをもらって来ましたが、その後は天使に出会うために瞑想をしていると言う事も忘れたかのようであったのに、ちゃんと天使に会っちゃいました。
 当時は私も理屈で理解できないとダメなタイプだったので、この時もし天使に逢わなきゃ、と意気込んでいたら見られなかったような気がしたのです。たまたまそこにいた感じ。まるで当たり前のようでした。
 瞑想をみんなでシェアしたとき、セラピストが「あら、昨日私が夜瞑想していたら天使が3人いてね、草原に引っ張って行かれて大変だったのよ。あなたのだったかもね〜。」
 と言われて内心「そんな上手い話あるの〜?」って思ってしまうひねくれ物でした、ほんとに。
 ちなみにその時私が見た天使たちは花の妖精ディーバだったかもしれません。
 私にはヒーリングエンジェル(ヒーリングをする時に呼ぶ天使)の他にお手伝いのピッキーというチビ天使もいまして、ちょっといたずら好きなんです。これは、私にもっと気楽になりなさいよって教えてくれている部分もあるらしいのです。

 今、天使に話し掛けると言葉はかえってきます。
 だけど、いつも話しかけてくるのではありません。私がそうしようと思ったときだけ。
 必要なときは何かで合図をしてきたりはしますが、私がクリアなときだけしか私は多分気づいていないでしょう。
 ドツボにはまっている時こそ天使と交流を持てばいいのに、なかなかそっちに頭がいかなかったりするのです。お間抜けといつも思います。そういう時には、テレビだったり本だったり友達から、メッセージが届きます。
 そしてそして、お話をどのようにするか、と言う事に関して言えば声が聞こえるのではありません。
 「キャスケード」の言葉が来たときは眠りから覚める瞬間でしたからね。
 私の場合は、ですが、直感でピンと(わかる)のです。
 ひらめき?腑に落ちる?いろいろ言葉はあります。
 普段の交流はこんな感じです。ほら、みなさんもあるでしょう?そういういことなら。

 はい、そして会話をしたいんだけどどうすればいいのか?ですね。
 今のあなたに必要ならば、きっとそうなります。
 でも会話をすることが必ずしもいい事ではない場合もあるのです。
 なぜ、そんなに天使に逢いたいの?姿を見たいの?声を聞きたいの?
 目に見えないと信じられないからかな。
 心には何がありますか?
 一人になる時間を作って、話し掛けてみてくださいね。
 天使よりも、まず自分の声を聞いてみる必要があるかもしれませんよ。
 心の望んでいる事を聞いてあげましょう。
 天使が言っていることがすべて正しいと思ってしまうことも危険極まりない。
 この辺が上手く説明できないので心苦しいです。
 私は自分のスピリチュアルガイドと喧嘩したことがあるくらいなので…芯があるっていうのは確かですねぇ(ある意味頑固?)。自分を持っていないと、本当に危うい世界なのです。

 それから、いずれ天使は当たり前に私達の前に見えてくるのではないでしょうか。
 今はまず、子供達の姿として、花として、木々として、大自然として。
 天使に頼んでも見ることが出来ないとしたら、知らないうちに見えたものを打ち消すパターンがあるのかもしれませんし。UFOだって、私達には鳥に見えてしまうこともあるらしいです(笑)。
 そんなものなんです。だから、見えた気がしたら、見えた見えたと言っててください。
 きっと、そんなものなんです。
 あなたの天使はあなたの気づきだけで、本当によろこんでいるのです。
 その感覚を感じられたら、もう天使と逢っているんです、おめでとうございます。
 それでもどうしてもっていう場合…もしかすると小さい頃や違う人生で天使とお話していたのに、今は出来ないのが不思議なのかもしれないですね。

                      by Yumiko 22th Feb. 2004

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お話12<ライフワーク>

 
ライフワークを探している方は多いでしょう。
 私はずっと会社に勤めてきました。
 社会経験としても若いときに(あ…今もまだ)比較的研修制度の整った会社に入社したお陰で、はじめから厳しくマナーを教えられた事は今考えてもよい経験だったと思います。
 当時は、それこそ嫌で嫌で仕方ない仕事でしたが。
 それからというもの、どういうわけか私はこの会社に応募しようと思うと、大抵通りました。
 選び方がいいのか、面接に強いのか…。
 まず、やはり「ここがいい!」という直感。それと仕事をしているイメージが浮かびやすい。もちろん仕事をしたいという気持ちはいつもしっかりとありました。(しなければいけないと思っていた感もありますが。)
 一番最初の会社で基本的に色々な企業と関わったという自信もあったのでしょうか。特にバリバリのキャリアウーマンでもなく、様々な職を経験もしました。
 それは、結果的に後々人と対面してカウンセリングをするときに役立ちました。

 面接での失敗と言えば、「男性の頭髪育毛(!)」に関わる仕事で、まだまだ男性に嫌悪感があることも気づいていなかった若かりし頃(現時点ではほぼ克服)、面接中に意欲がなくなってきてしまい…態度に表してしまった事がありました。
 未熟でしたね、もちろん不採用でした。

 幸せな小金持ちへの道が私の歩む道ということは決まっているのですが、幸せな小金持ちの概念の一つに「得意な事」と「ライフワーク」は必ずしも一致しないというものがあります。
 ???得意なことをやるのは才能ではないの?
 人より早く上手に出来るってことは向いているってことなんじゃないの?
 あれれ?と混乱しました。
 つまりいくら得意でも、程ほどに出来ても「好き・楽しい」がなければライフワークには成り得ないと。
 はぁ…ふーん…ああ…しばらく考えました。

 好きでも苦手じゃあダメだよね。
 でも、苦手でも好きならがむしゃらに出来る。
 ハートの中から真剣に取り組めますね。
 『上手に出来る』基準が(色メガネ)・社会の固定観念だとすれば…あぁ、なーるほど。

 私、本当はずっとスチュワーデス(現・フライトアテンダント)になりたかったんですね。
 とても高い荷物に手が届かない、という現実(他の現実からは目を背けたのか?)で頭では納得していながらも、飛行機に制服を着て「仕事として」乗ってあちこち行けて、羨ましいなあと想い続けていました。
 もちろん、当事者の友人からは大変だという話は聞かされていましたし、実際体力的にも本当に大変だそうです。
 そして、私の頭の中には、「スチュワーデスになるより難しい事はない」という概念が知らずに出来ていたように思います。そしてそのコンプレックスを逆利用していたような気がするのです。
 面接もそれほど緊張しないで出来たのは概念のお陰かもしれません。

 空に想いを馳せながら、自分の内面を見つめる時間を重ね、結局「目に見えない世界」への想いが私の原点だと気づきました。
 このライフワークをかっさげて、私はあちこちへ飛行機で旅する女になるのです、ふっ。
 その前に腰痛治さないとね。
 難しく考えなくても、ライフワークはきっと見つかりますよ。好きこそものの上手なれ。
               By Yumiko 19th Feb. 2004 

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お話11<共依存>

 
 共依存とうい言葉をご存知ですか?
 依存と呼べる病気には、アルコール依存症や過食症・拒食症などの摂食障害があります。
 病気と言うほどでなくても、分かっているのにやめられないというものが依存症です。
 食べ物(アルコール・カフェイン・覚せい剤等)をコントロールできなくなるパターンと行動(買い物や仕事中毒・恋愛中毒等)に関してコントロールできなくなるパターンとがあります。
 そして人間関係に及んでは『関係嗜壁』と呼ばれる共依存があります。

 お互いに相手を縛り付けている関係と言えば分かりやすいでしょうか。
 自立したもの同士の人間関係とは正反対の関係になります。
 夫婦関係においては、共依存が深みにはまった場合DV(ドメスティック・バイオレンス)になることもあります。良くあるパターンは、夫が暴力をふるい力で押さえ、妻はその恐怖心から身動きが取れなくなるのですが、逃げる事はせずにいつまでも夫の世話をやいてしまいます。
 この関係は、まず夫はすべて妻のせいにすることで責任をとる必要がなく、自分の問題を直視しようともしないで済みます。(罪悪感が生まれたとしてもほんの一時期であり、その気持ちが本物であれば繰り返すはずはない。)
 妻は自分の存在価値を低いと思っている場合が多く、、夫がダメな人間で居てくれれば自分が世話をしてあげる事で自尊心が満たされるという仕組みになっています。
 通常、暴力をふるう男性から逃げればいいのに、と誰もが思うのですが。
 この関係の中では、エネルギーのバランスが絶妙に取れているのでしょう。
 こういった相手の自立心を見えない所で奪ってしまう(本人は気づかずに)女性側のタイプをイネイブラーとも言います。
 もちろん、暴力をふるわれたことで、恐怖に苛まれ身動きが取れなくなってしまう場合もあるでしょう。
 女性は小さい頃から受身であれと言われがちです。夫に逆らってはいけないと思い込んでいる場合もあるかもしれません。

 夫は暴力をふるわせる妻が悪いのだと思うことで、全く自分を省みません。妻は、自分を犠牲的に思う反面、やさしくされるハネムーン期(暴力後罪悪感から夫がやさしくなる)の為に、いつか良くなるとアテのない希望と諦めの思いから自立など考えもしません。そして人格の無視も立派な暴力の一種です。
 恋愛関係にも共依存はあるでしょう。暴力こそなくとも良くないと分かっているのに離れられない関係。
 私個人的には、恋愛ならば「お好きにどうぞ〜。」と思います。
 本人から相談されない限り、見ている側にはなかなか気づけないでしょうし。

 ただ、夫婦間に子供がいたら、どうか守るべきお母さんしっかりしてください。
 世間体とか人の目とか、いろいろあるのも分からないではありません。
 今までもそうやって我慢してやってこられたのかもしれません。
 だけど、傷ついたり、苦しんだりしている親を見るほど、子供にとっての悲しみはないのではありませんか?
 まして傷つけているのが父親だったりしたら。

 見えないところに、こういう関係が隠れているのです。
 知ったとき周りの人に出来る事は、苦しんでいるお母さんに自立の勇気を持たせてあげること。
 今は、役所にも相談できるところはあります。
 ただし、本人が自分の本当の問題・現実を直視していなければいないほど、助けを求めようとするまで時間はかかるかもしれません。
                by Yumiko  13th. Feb. 2004
                  

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